「新・家族」からのハッピーレター

候補犬のうち、聴導犬よりも家庭犬向きと判断された子たちの近況報告


家庭犬になった子たちの「新家族・とっても幸せ」を知る通信
新家族通信3 (pdfファイル、1001834バイト)
新家族通信2 (pdfファイル、1014289バイト)

皆さんと一緒に協会のパーパス(存在意義)を発展させてHappyを目指す


新家族会・副会長 こまつ君新・家族 安藤美智子

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私は、2011年に前職で聴導犬支援プロジェクトリーダーになったことをきっかけにボランティア等で協会を応援してきました。なぜ、10数年にわたり、応援してきたかというと、「障がい支援と動物福祉の2つの福祉を使命とする」という協会のパーパス(存在意義)に共感したからです。

こまつ君とは、5年程前に協会新聞発送のお手伝い(当時は手作業)に伺った時に出会いました。こまつ君は私に一目ぼれしてくれたようで、トイレに行けば、トイレの前で待っていたり、外出すれば入口でずっと待っていてくれたり・・“ボクの飼主になってくれ”と静かで熱いアピールをくれました。そんなこまつ君の思いを受け止め、私の家族となりました。

こまつ君の私に向ける真っすぐな愛情や信頼を裏切らないようにと、日々を過ごしています。今や馴染みのバーに一緒に行くなど、ペットを超えたパートナーです。新家族会は昨年、発足したばかりです。ぜひ、皆さんと一緒に協会のパーパス(存在意義)を少しずつ具現化し、発展をさせ、皆がHappyになれればと思います。

きっと皆さんも同じ思いでいらっしゃると思います。
ご一緒に協会を応援できれば幸いです。

高齢の母とともに過ごすゆったりとした生活を大切に


こうちゃん新・家族 コウママ

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日本聴導犬協会からコウを譲って頂いたのは今から5年半前です。これまでに大型犬との生活を数年と経験してきました。立て続けに2匹の犬を亡くし、喪失感を抱く生活が始まり、その喪失感を埋めるために保護できる犬を探していました。ハローアニマルや保健所、知人に声を掛けている中、知り合いから日本聴導犬協会で家庭犬を譲って貰えるかもと教えて頂き、早速、ホームページを検索。コウ(7歳)に一目惚れでした。それから我が家の家族になり、5年半が経ちました。現在推定13歳。コウも高齢になりつつあります。最近は聞こえも悪くなり、体力も衰えてきています。それでも大きな病気もせず、しっかり食べて、84歳になる母の相棒をしっかり努めます。

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近所の散歩も、裏山に入る時もお互い高齢。ゆっくりと足並み揃え、時々休憩取りながら…。そんなふうに、ゆったりと毎日を過ごしています。母は、コウの世話を、コウは母の見守りを…。共に老いていくって、こういう事なんだろうなと感じます。

あと何年、一緒に過ごせるかわかりませんが、こんなふうにゆったりと、共に老いていく時間を大切にしていきたいと思います。

3頭の新家族にもらっている幸せ


シェリー(旧つる)&れおな(旧れお姫) 新・家族 野中 久美

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シェリーちゃんが我が家の一員になったのは、先住である日本聴導犬協会の新家族犬あづまが8歳の時。あづちゃんに万一があったらという不安から2頭目を探していました。

次もぜひ協会犬をと思い、HPでシェリーの愛らしい瞳を見て、「この子だ!」と確信しました。初めて家に来てびくびくしていた怖がりのシェリーにあづまが近付いて行き、2人はかけがえのない姉妹になりました。転げ回って遊び、そろってお散歩する姿をいつも微笑ましく感じていました。

あづま亡き後、私はしばらくシェリー1匹で良いと思っていたのですが、2か月後のパピークラスで運命の出会いがありました。それが、新家族募集中だったれおなです。

れおなはすぐに馴染み、気ままで、シェリーがたじたじになるほどでした。ところがシェリーの方がれおなに倣って(ならって)だんだん図々しくなり、今は均衡を保って仲良く過ごしています。

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我が家は三代続けて協会犬を迎えましたが、あづまが来てからは余所で犬を買うことを考えなくなりました。それほど協会犬は穏やかで優しく、可愛いのです。うちに来る子はなぜかみんなビビリですが。

我々の人生を豊かにしてくださった日本聴導犬協会に、私もできる範囲でご協力出来たらと思っております。

元聴導犬いこまの物語


元聴導犬・新家族いこま(代筆者:敬)

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私の名前は「いこま」。奈良の生駒山の近くで保護され日本聴導犬協会に引き取られて、訓練を乗り越えて新潟県初の聴導犬になった。14歳でリタイアして千葉県に住む敬さん康さん夫婦の新家族になったのは2018年。

ふたりは先代犬を見送った後、リタイアした仕事犬の世話をしたいと考えていた。協会への寄付が縁で敬奥さんが私を見つけてくれたの。四季折々に色を変える近くの公園を散歩し、好物のさつまいも団子も作ってもらった。髪も伸ばした。生まれて初めてリボンをつけた時、自分でも「かわいい」って思った。里帰りもしたよ。協会のあの庭でなつかしいスタッフや仲間の犬たちと遊んだ。帰りに高遠で満開の桜並木の下を二人と歩いたの。ほんとに素敵な旅だった。写真の私は舌先をちょっとだけ出している。トライアル中に協会が犬の歯の専門医に診せて悪くなった歯を全部抜いたから。体調を崩した時には漢方薬治療を教えてくれた。協会は譲渡した後でも私たちの犬生に責任をもって向き合ってくれる。

旅立ちは、2020年の秋。敬さんが私を愛用の毛布にくるんで胸に抱き、康さんが運転して、秋雨の中通い慣れた散歩道をゆっくりたどってくれた。花々と白いレースに包まれた私。
協会からも美しい花バスケットが届いた。人を助け人と共に生きた17年の犬生を誇らしく思う。心ある人々と犬仲間と出逢えて幸せでした。
<代筆者より>
いこまは、身をもって聴導犬と協会のことを世に知らせ、候補犬と訓練士の存在意義を示して逝きました。多くのユーザーがいこまたちに出逢えますように。人と犬との社会的絆をつなぎ続けている協会にもエールを送ります。

先代の愛犬サン(ニューファンドランド犬)が、十分の一のクーになって戻ってきた?!


気賀澤(駒ヶ根市)

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クー(本名:くろきち:ポメラニアン)ちゃんは日本聴導犬協会の候補犬の中でも体が小さいためか、他の子たちとは離され通路にひとりでいました。日本聴導犬協会に来たばかりで、人が誰か通るたびウロウロ・オドオドしている感じでした。出会いは3年前でした。元の飼い主さんに虐待を受けた子と聞きました。

 その数日後、自宅に預かることになりました。当時、我が家には訳があって引き取ったロン(10歳。ラブラドール・レトリバー)がいました。2頭ともはしゃぐ歳でもなく、最初から静かに落ち着いて過ごし、まったく心配はありませんでした。

その後、Pro-Dog School(日本聴導犬協会が地域社会貢献活動として行っている『愛犬家教室』)のインストラクターをさせていただいていることもあり、有馬会長から「聴導犬にはならない子です。訪問犬として一緒に訪問活動してくださいますか?」と勧められました。ご縁で、譲渡いただくことになりました。

我が家にとって初の愛犬だったサン(ニューファンドランド)。私の愛情とエネルギーの全てを注ぎ込んだ"サン"の命日(2006年の11月)の数日前に、クーちゃんが生まれました。クーちゃんの誕生から何人かの手を渡り歩いた4年という月日は、私の"サン"への想いを静かに沈めてくれる時間であったのかとさえ思えます。クーちゃんに触れた時 "サン"の毛質に似ていて"サン"が十分の一になって戻ってきた様な気がしました。胸が熱くなり、感激しました。

サンもクーちゃんも、老人施設や児童施設への訪問でふれあい活動も何度かできました。

今、我が家に来て3年が過ぎ、クーちゃんは10月で8歳になります。物音には相変わらず敏感で、隣近所の話し声にも耳をぴくぴく**。家族の車以外にはすぐに反応し、玄関の来客の声にはもう大騒ぎで知らせてくれます。電話の音も鳴る前にわかる位です。夜、夕食が終わって、ソファで私や夫に撫でられながらくつろぐ時間は、私たちにとっても、たぶんクーちゃんにとっても、いちばん癒される時間です。

ありがとう。クーちゃん。まだまだいっぱい思い出を作ろうね。

こころちゃんと「心」が通じ合う日まであと少し


原 (沼津市)

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朝5時起床。「こころ」はまだベットで寝ています。おはようと声を掛けても、目で追うだけ。

 40分後、新聞配達から帰ると、こころも起床。ウォーミングアップをして、朝の散歩に出かけます。

 スタスタと時々草むらで、匂いを嗅ぎながら1時間。これがこころの1日のはじまりです。

 約1年前、初めはソーシャライザー(子犬育てのボランティア)として、家族も、近所の方も、聴導犬候補がやってくると張り切って、こころを迎えました。しかし、こころはすでに候補犬ではなく、キャリアチェンジ犬として新しい家族に譲渡されるための子でした。

(※日本聴導犬協会では、里親に行く子が新しい家族のもとに行ったときに「愛してもらえる」ように、社会化を継続し、トイレ訓練やしつけだけでなく、怯えや吠えなどをできるだけ治してから譲渡しています。こころの場合は、日本聴導犬協会のスタッフだけでなく他の人にも愛情表現ができるように心を開いてもらうための社会化でした)こころにとっては、あちこちのソーシャライザー宅へ移ることは、大きなストレスだと感じました。

 私はこの子にとって、一日も早く安住な場所が必要だと思い、すぐにうちの愛犬として引き取る決心をしました。今もすべて、心をゆるしていると思いませんが、こころを一番理解しているのは私だと思っています。

 主人がソファに座れば横に来て寝ています。大嫌いな雷が鳴れば私に抱っこをせがんできてくれるようになりました。少しは私のことを頼りにしてくれている嬉しい瞬間でした。 

こころは女の子ですが、付かず離れずの息子みたいな存在です。

愛情表現はまだまだクールですが、いつも私の傍にいてくれるこころに、感謝をしています。いつか、日本聴導犬協会のスタッフに見せるような、しっぽがとれてしまうぐらいふってくれる姿を夢みる今日このごろです。

たまちゃんは、神様からのクリスマス・プレゼント


高橋(川崎市)


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「たま」が家族の一員となったのは、2002年の12月25日だった。

私と妻にとっては神様が授けてくれた四番目の子供であり、三人の子供たちにとっては長野からはるばるやってきた妹だった。はじめに、きっかけを作ってくれたノンフィクション作家の山根一眞さんについて触れておきたい。直接お会いしたことはないが、山根さんが日本聴導犬協会から来たレイちゃん(柴犬のミックス)についてお書きになった読売新聞の記事がなければ、恐らく「たま」が我が家にくることはなかっただろう。

当時、それまで飼っていた犬が亡くなったショックから少しずつ立ち直りつつあった我が家では、「またいつか犬を飼いたいね」という話題が自然と出てくるようになっていた。10月6日、日曜の朝刊を開いたらスーッと山根さんの記事に目が吸い寄せられ、その日の晩には協会に問い合わせのメールを送っていた。運命の出会いだった。 「たま」は、この2年間、家族が試練に直面したとき に、いつもそばにいて元気付けてくれた。昨年の春は、長男が就職試験で忙しい時期だった。面接がうまくいかなかったといって不機嫌で帰ってきた息子をじっ と見つめて、焦る気持ちを鎮めてくれた。また、長女は大学受験の年だったが、勉強を始めると、それまで居間にいた「たま」がいつの間にか娘の部屋に行き、机の下やベッドの上に座って静かに見守っていた。こうして二人は「たま」に助けられて何とか希望をかなえることができた。また、中学校に通う次女の部活動の疲れをとってくれるのも、一緒に遊んでくれる「たま」である。かく言う私や妻も、「たま」のおかげでどれだけ仕事や家庭の緊張やストレスから解放されたかわからない。な ぜ「たま」は、このように人間の心を理解して励ますことができるのだろうか。我が家の結論は、はっきりしている。それは、育てていただいたソーシャライ ザーの方々と協会の皆様が「たま」に注いでくださった惜しみない愛情と教育以外には考えられない。ただただ感謝するばかりである。

追伸:やって来た「たま(玉)」に我が家ではウカンムリをかぶせました、"宝"。

ありがとうございます。ハッピー!! 「新・家族」決定


きずなちゃん(♀)



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Mix
お家の外が苦手な私でしたが、優しいお父さんお母さんと出会いました。毎日、海や山でたくさん走って遊んでいます。お母さんたちありがとう。


あづまちゃん(♀)


タイトルなし
Mix
とっても人見知りな私ですが、そんな私とゆっくりと向き合ってくれるすてきな家族が見つかりました。これからたくさん思い出を作っていきたいな。


くろきちくん(♂)


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ポメラニアン
優しいお父さん、お母さんが見つかりました。お母さんに抱っこされるのが幸せなんだ。協会の訪問犬として、これからお母さんと一緒に活動をするんだ。


つきちゃん(♀)


タイトルなし
ワイマラナー
人が大好きなわたしですが、初めての人や早く動くものに対して興味を持ちます。でも、優しく、大らかなお母さん達に出会い、新しい兄弟2頭とも仲良くなり、六本木で最高の愛犬として幸せに暮らしています。


こまちゃん(♂)


タイトルなし
チワワ
とっても小さなボクですが、素敵な家族と出会うことが出来ました。お母さん達にと~っても愛されて、王子様みたい!旅行にも行ったり、ボクの仲間の手作りの服を作ってくれたり、たくさんの愛情をもらっています。協会犬にも、お母さんが愛情を贈ってくれています。